医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者 読書レビューと感想

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たろうです。

今回は「医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者   大竹文雄 著」のレビューと感想を書いていきます。

医療現場の行動経済学―すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学―すれ違う医者と患者

  • 作者:大竹 文雄,平井 啓
  • 発売日: 2018/07/27
  • メディア: Kindle版

はじめに

人間は合理的な選択をするという考えに基づくのが、古典的な経済学ですが、

最近では人間が非合理的な選択をする癖があることに注目して、行動経済学という学問があるようです。

生命保険のCMでバナナマンが、「ナッジ」という言葉を使っていました。

「nudge」は英語で「肘で軽く押す」という意味だそうで、

行動経済学では相手の選択や認識をそっと変えるコツを、ナッジと呼ぶそうです。

例:My friend nudged me to look at traffic light.(友人が私に信号機を見るように、肘でついた。)

行動経済学から人間の非合理的な選択の癖を認識し、「ナッジ」の使い方を学んでいきます。

リバタリアンパターナリズム

以前は医師が「俺のやり方でに黙って従いなさい」という姿勢で患者に接していた時代があり、パターナリズム(父権主義)の考え方で医療が行われていました。

しかし医療法では、「医療を行うものは、患者に説明し理解を得る努力をしなければならない」というインフォームドコンセント(通称IC)の必要性が明記されています。

現代でも私のICの際に、治療の選択肢、利点・欠点を説明した後に、患者さんから「よくわかんないから先生のいいようにして」と言われることもあります。これはかつてのパターナリズムの時代の遺産かもしれませんし、私の説明が患者側に治療法を選ばせる形(インフォームドチョイス)になっていることが問題かもしれません。

医療者はわかりやすく説明し、患者の自由を尊重しつつ、より良い治療法に同意してもらうよう努めなければいけません。こういう考えをリバタリアンパターナリズムといいます。

ここで相手の選択の自由を阻害せず、より良い選択を促す方法がナッジというわけです。プッシュではなくナッジなのです。

急変時の蘇生処置

 健康に問題がある方がいれば治療をするのが医師の仕事です。

よって心肺停止に至った患者がいれば、心臓マッサージと人工呼吸器による蘇生処置を行うことがデフォルト(初期設定)になっています。

 しかし徐々に体が弱って来ている患者が、亡くなる直前に心肺停止に至ったとき、蘇生処置を行っても体力が回復するわけではなく、短時間延命できるだけということが多いです。また心臓マッサージでは肋骨が折れ、人工呼吸器は喉に管を入れる処置であり、どちらも苦痛や不快感を伴います。

そのため、蘇生処置を行っても改善の見込みが少ない場合は、患者の家族へ蘇生処置を控えること(DNAR)を説明します。

患者家族目線では、近く亡くなることが予想される家族に対し
 ①少しでも長生きをしてほしい、
 ②死に目に会えないのは親不孝だ
という道徳観を持っています。

 

家族がDNARを選択するのに抵抗がある場合は、

 ①痛みを伴う蘇生処置は患者さんのためにならないこと

 ②亡くなることが予想される場合には早い段階でお知らせすることができること

これらをお伝えすることで、家族の道徳観に配慮することができます。

デフォルト設定

 改善の手段がなく衰弱してきている患者さんには、DNARをデフォルトに設定して説明することがあります。デフォルト設定は、強制はしないが、そうすることが普通という印象を与えるため、ナッジとして有効です。あくまで強制をせず、選択の自由は保たなければいけません。

例として、意思表示がない場合に臓器移植しないことがデフォルトの日本では臓器移植件数が少なく、意思表示がない場合は移植することがデフォルトになっているスペインでは移植者数が多い傾向にあります。

HPVワクチン接種

HPVのワクチン接種率は日本は先進国の中で低水準であることは、以前の記事で相方のしょうが説明してくれています。

日本では副反応(損失)が大々的に報道されたために、娘を持つお母さん達の間でHPVワクチンに恐怖心が植え付けられていることが、接種率の低い原因と考えられます。

ほとんどのワクチンや薬で低確率ですが副反応や副作用がでます。

実際、私もインフルエンザワクチンの接種後に発熱を経験しています。しかし、発熱して体がだるくなる「損失」よりも、そのシーズンインフルエンザを予防できるという「利益」の方が大きいため、ワクチンを接種しています。

行動経済学的に「ワクチン接種しない」という判断をしてしまう理由を考えてみましょう。

①プロスペクト理論

 人間は利益を得ることよりも損失を回避することを優先しがちである。

これによって子宮頸がん予防という利益よりも、副反応の損失の回避を優先しています。

②確率加重関数
 人間は大きな確率80-90%を過小評価しがちで、小さな確率5-10%を過大評価しがちである。
特にワクチンの副反応のような損失は確率が小さくても過大評価されがちです。
③現在バイアスと時間割引率
 人間は目の前の損益は過大評価し、将来の損益を過小評価しがちである。
 子宮頚がんの予防効果は将来の利益のため小さく認識し、早く起こる副反応の損失を大きく認識してしまいます。
①②③の対策
 損益を判断する参照点が接種した時とすると、副反応による損失が目立ちますが、
 参照点を将来の自分として、子宮頸がん発症による損失(身体的負担、妊孕性、経済的負担)を強調して啓蒙活動を行うことで、ワクチン接種率を上げられる可能性があります。
④利用可能性ヒューリスティックス

人間は行動や選択の根拠として、身近な意見や自分の経験などを優先して用いる傾向があります。

子宮頸がんワクチンに関しては周りの子がやっていないから自分もやらないという同調性で接種率低下につながっている可能性もあります。

対策

ワクチン接種することをデフォルトに設定する。

現在もHPVワクチンは定期接種になっていますが、自治体からの積極的勧奨は行われていない状況です。接種率が少しでも上がれば口コミで安全性が広まっていくかもしれません。

感想

私も理屈ではわかっていても、合理的な選択ができないときがあります。それは人間の癖であるというのが、この本でわかりました。

医療者として患者さんに説明をするときは、患者の理解力に合わせ、必要十分な量で説明し、選択の自由を阻害しないように、良い方向へ促すべきということを再認識しました。

本書で書かれている内容で、無意識に使っているナッジもありましたが、明日以降のICで使うべきナッジを学べました。

兄の禁煙すら説得するのが難しいのに、いま政府や自治体が直面しているコロナでの自粛生活など集団の行動変容を促すことはもっと難しいことだと感じました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

次回は投資と行動経済学について私の考察をまとめたいと思います。

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